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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)4732号 判決 1987年11月13日

原告 白河亜希子

<ほか二名>

右原告三名訴訟代理人弁護士 小中信幸

同 細谷義徳

同 立石則文

同 仲谷栄一郎

被告 株式会社 三正

右代表者代表取締役 満井忠男

右訴訟代理人弁護士 植松宏嘉

同 青木一男

同 関根修一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、金八億七八七五万一四一〇円及びうち金五億五三〇三万二〇〇〇円に対しては昭和五九年五月二三日から、うち金三億二五七一万九四一〇円に対しては昭和六〇年三月二三日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告らは、別紙物件目録一記載の不動産(以下「本件居住用不動産」という。)を所有し、居住用に使用し、別紙物件目録二記載の不動産(以下「本件非居住用不動産」という。)を所有し、居住以外の目的に使用していた者である。

(二) 被告は、不動産の仲介、販売等を業とする株式会社である。

(三) 原告らは、訴外住友不動産株式会社から、昭和五五年ころ、本件居住用及び同非居住用の不動産(以下、両者を併せて、「本件東新橋の不動産」という。)を買い受けたい旨の申し出を受け、同社のため買収活動を行っていた被告を紹介された。

2  (居住用不動産の売買契約)

原告らは、被告との間で、本件居住用不動産について、原告らを売主、被告を買主として、昭和五五年一〇月一一日、売買予約を締結し、次いで、昭和五六年一月七日、売買契約を締結した。その内容は、以下(一)ないし(三)のとおりである。

(一) 代金 一億二五〇〇万円

(二) 代金支払時期 金四〇〇〇万円については契約締結時とし、金八五〇〇万円については物件引渡時とする。

(三) 物件引渡時期 昭和五六年二月末日

なお、原告らと被告とは、昭和五六年二月二七日、引渡時期を同年五月一七日に変更する旨合意した。

そして、原告らは、昭和五六年六月三〇日、本件居住用不動産を引渡した。被告は、昭和五六年二月二七日までに、右売買代金全額を支払った。

3  (非居住用不動産の売買契約)

原告らは、被告との間で、本件非居住用の不動産について、昭和五五年一〇月一一日、原告らを売主、被告を買主として売買契約を締結した。その内容は、以下(一)ないし(三)のとおりである。

(一) 代金 六億円(ただし、後に六億二〇〇〇万円に変更された。)

(二) 代金支払時期 金二億円については契約締結時、金三億五〇〇〇万円については昭和五五年一〇月二四日、金七〇〇〇万円については昭和五六年二月末日とする。

(三) 物件引渡時期 昭和五六年二月末日

なお、原告らと被告とは、昭和五六年一月ころ、契約書を再度作成し、代金額を金六億二〇〇〇万円に変更するとともに、名義上買主の表示を訴外有限会社高木建築事務所とした。

そして、原告らは、昭和五六年二月末日、本件非居住用不動産を引渡した。被告は、同年二月二七日までに、右売買代金全額を支払った。

4  (本件原契約に至る経緯)

ところで、原告らと被告とは、本件東新橋の不動産の売買契約に関し支払うべき譲渡所得税の節税のため、次のような方策をとることを合意した。

即ち、原告らが、本件東新橋の不動産を売却した代金で、別紙物件目録三記載の不動産(以下、同目録記載(一)の土地を「本件土地」、同(二)の建物を、後記の新築予定の建物との対比で「本件旧建物」、両者を併せて、単に「本件不動産」という。)を購入し、本件土地上に新しいビルを建築し、事業用資産の買換えに関する税額軽減の特例の適用を受けるというものであった。

5  (本件原契約の成立)

そこで、原告らは、被告との間で、昭和五五年一〇月一一日、以下(一)ないし(八)のような内容の売買及び建物建築に関する契約の予約を締結し、次いで、同月二三日、本契約を締結した(以下「本件原契約」という。)。

(一) 被告は、原告らに対し本件不動産を売渡し、本件旧建物を取り壊した上、本件土地上に別紙物件目録四記載の建物(以下「本件新建物」という。)を新築する。

(二) 原告らは、被告に対し、代金として金一四億四二三八万七〇〇〇円を支払う。

(三) 代金の支払方法は、左の時期に左の各金額を支払う。

(1) 昭和五五年一〇月二四日 金二億円(手付金)

(2) 右同日 金三億五〇〇〇万円(中間金)

(3) 昭和五六年二月末日 金一億七五〇〇万円(中間金)

(4) 同年三月末日 金三億五〇〇〇万円(中間金)

(5) 昭和五七年六月末日 金三億六七三八万七〇〇〇円(残金)

(四) 被告は、昭和五六年三月末日までに、本件不動産に付着している抵当権、賃借権及び仮処分等の権利の瑕疵(以下「制限権利」という。)を全て除去した上、原告らに対し、本件不動産を引渡す。

(五) 被告は、本件不動産の引渡後、本件旧建物を取り壊し、昭和五六年七月末日までに、本件新建物の建築に着手し、昭和五七年六月末日までに、右建物を完成させて原告らに引渡す。

(六) 被告が右(四)の義務の履行を遅滞した場合、被告は原告らに対し、右履行ずみまで一日二〇万円の割合による遅延損害金を支払う。

(七) 被告が右(五)の義務の履行を遅滞した場合、被告は原告らに対し、本件新建物の引渡ずみまで一日二一万六〇〇〇円の割合による遅延損害金を支払う。

(八) 被告が本件新建物の建築を懈怠した場合、原告らは、催告の上、本件原契約のうち、本件新建物の建築に関する部分を解除できる。右解除がされた場合、被告は原告らに対し、右(七)の金員の他、違約金として一億円を付加して支払う。

なお、右合意では、催告の上契約解除を行う旨定められているが、本件では、後述のように、被告の債務は社会通念上履行不能であり、この場合には、催告を行うことは意味がないから、催告不要と解すべきである。

6  (原告らの代金支払)

原告らは、請求原因5の代金の内金として、次のとおり合計金七億二五〇〇万円を支払った。

(一) 昭和五五年一〇月一一日 金二億円

(二) 同月二四日 金三億五〇〇〇万円

(三) 昭和五六年一月七日 金四〇〇〇万円

(四) 同年三月二五日 金一億三五〇〇万円

また、残代金は、被告の了承の上、支払が留保された。

7  (税金負担特約)

ところで、原告らと被告とは、昭和五五年一〇月二三日、同日付の覚書により、本件東新橋の不動産の売買契約及び本件原契約から生じる原告らの負担すべき税金を、全て被告が負担する旨合意した。

8  (原告らの税金支払)

原告らは、昭和五七年三月の確定申告、昭和五九年九月六日の修正申告により、請求原因7の特約により被告が負担すべき税金として、以下のとおり合計金三億二七一五万九四一〇円を支払った。

(一) 長期譲渡所得税 金二億五五一八万三六五〇円

(二) 特別区民税及び都民税のうち、右(一)に対応する分として、金六五四五万五〇八〇円(ただし、そのうち金一四四万円は、既に被告から原告らに支払われている。)

(三) 不動産取得税 金六五二万〇六八〇円

9  (原告らの代替履行の合意)

被告は、請求原因5の(四)に定める制限権利を除去すべき義務を、期日が経過しても履行しなかった。そこで、原告らと被告は、協議の上、昭和五七年三月ころ、原告らが自ら制限権利を除去するための行為を行い、これに要した費用は、本件原契約の売買代金(本件原契約の総代金のうち、一一億円が本件不動産の売買代金であり、残りは、本件旧建物の取壊しと本件新建物の建築代金とされていた。)の残代金(三億七五〇〇万円)との清算により決済する旨合意された。

10  (制限権利の除去の実行)

(一) 七菱について

訴外七菱商事株式会社(以下「七菱」という。)は、本件不動産の前主である訴外古賀隆助(以下「古賀」という。)に対する公正証書に基づき、昭和五六年二月六日、本件不動産について強制競売を申し立て、同月九日、同開始決定を得ていた。

これに対し、原告らは、昭和五七年二月一六日、七菱の古賀に対する債権を一八〇〇万円で譲り受け、同月末日までに、七菱に対し、同額の金員を支払った。その結果、七菱は右競売の申立を取り下げた。

(二) 山王石油他について

訴外山王石油商会株式会社(以下「山王石油」という。)、訴外株式会社全国主婦協援会及び訴外株式会社特調の三社は、いずれも、賃借人と称し、本件旧建物の三階部分を占有し、話し合いによっては立退には応じようとしなかった。そこで、原告らは、右各社に対し、占有移転禁止の仮処分を申請し、同命令を得た上、昭和五七年九月一八日、建物明渡訴訟を提起した。そして、昭和五八年三月八日、右三名が、金二億円の支払を受けるのと引換えに本件旧建物から退去するという内容の訴訟上の和解を成立させた。原告らは、同年六月末日までに右和解金を支払い、同月二一日付で右三名の明渡を完了させた。

(三) 東京医進学院について

訴外株式会社東京医進学院(以下「東京医進学院」という。)は、本件旧建物の一階、中二階、二階、三階及び屋上のうち七五二・一四平方メートルを占有していた。原告らは、昭和五七年七月一二日、同社を被告とし、建物明渡訴訟を提起するとともに、占有移転禁止の仮処分を申請し、同命令を得た。そして、昭和五八年三月一〇日、同社が、金二億円の立退料の支払を受けるのと引換えに、本件旧建物を明渡す旨の訴訟上の和解を成立させた。原告らは、この和解に基づき、同年六月末日までに、右立退料を支払った。

(四) 真田旭について

訴外真田旭(以下「真田」という。)は、本件原契約当時、本件旧建物について、昭和五一年七月六日付で同人を債権者とする処分禁止の仮処分命令を得ていたが、更に、昭和五七年七月六日、本件土地について、処分禁止の仮処分を申請し、同命令を得た。

そこで、原告らは、後者に対し、同年一〇月二二日、相当額の保証を立てることを条件とした特別事情による仮処分取消の申立を行い、その口頭弁論期日において、昭和五八年三月三〇日、原告らが和解金として金一億二〇〇〇万円を支払い、真田が本件不動産に関する本案訴訟及び仮処分申請等を全て取り下げる旨の訴訟上の和解を成立させた。原告らは、昭和五八年六月末日までに、真田に対し、右和解金を支払い、その結果、真田は、仮処分の申請を取り下げた。

(五) 山岡弁護士への弁護士費用、報酬

原告らは、制限権利の除去のため行った法的手続を、訴外山岡義明弁護士に委任した。その弁護士費用及び報酬として支払った金額は、合計金二四〇〇万円である。

(六) 以上、(一)ないし(四)の手続の終了後、原告らが本件旧建物の取壊しに着手したところ、なおも古賀がこれを占拠して工事の続行を不能にしたが、原告らは古賀との間で昭和五八年八月三日に和解して同月一七日に和解金を支払い、これにより、制限権利の除去が完了した。

11  (本件新建物建築の履行不能)

(一) 本件原契約の(一)で被告が本件新建物を建築する旨定められた前提には、事業用資産の買換えによる税金の軽減措置の適用を受けるという目的があったところ、右適用を受けるためには、昭和五九年一二月末日までに本件新建物を取得しなければならなかった。

(二) そのためには、昭和五八年八月末日までには被告は本件新建物の建築に着手する必要があったが、被告は、同日までに建築に着手せず、かつ建築の意思も示さなかった。

(三) よって、昭和五八年八月末日の経過によって、本件新建物を建築すべき被告の債務は履行不能となった。

(四) なお、被告の責に帰すべき事由により履行不能となった本件の場合、契約解除の意思表示なくして、請求原因5の(八)の合意に基づく違約金を請求できると解すべきであるが、原告らは、予備的に、昭和五九年七月一七日の本件口頭弁論期日において、本件原契約のうち本件新建物の建築に関する部分を解除する旨の意思表示をした。

12  (結論)

よって、原告らは、被告に対し、請求の趣旨第1項に記載の金員の支払を求める。

なお、その内訳は次のとおりである。

(一) 違約金請求

(1) 請求原因5の(六)に基づき、昭和五六年四月一日から昭和五八年八月一七日まで八六九日間の履行遅滞について、一日二〇万円の割合で計算した遅延損害金として、金一億七三八〇万円。

(2) 請求原因5の(七)に基づき、昭和五七年七月一日から昭和五八年八月末日まで四二七日間の履行遅滞について、一日二一万六〇〇〇円の割合で計算した遅延損害金として、金九二二三万二〇〇〇円。

(3) 請求原因5の(八)の合意に基づき、履行不能による損害賠償として、金一億円。

(二) 税金負担特約に基づく請求

請求原因7の合意に基づき、同8の(一)から(三)の合計から既払分一四四万円を差し引いた金三億二五七一万九四一〇円。

(三) 代替履行の合意に基づく清算金請求権

請求原因9の合意に基づき、同10の(一)ないし(五)で原告らの負担した費用合計五億六二〇〇万円から残代金三億七五〇〇万円を差し引いた金一億八七〇〇万円。

(四) 付帯請求

右(一)及び(三)に対しては訴状送達の日の翌日である昭和五九年五月二三日から、右(二)に対しては、訴え変更申立書送達の日の翌日である昭和六〇年三月二三日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実について

売買契約の目的物は、別紙物件目録二記載(一)、(二)の土地のみであり、同(三)の駐車場設備も契約の目的物であるとするのは、原告らの節税の都合である。次に、代金額は、当初から六億二〇〇〇万円とされていた。また、買主は、名義上のみならず実質上も訴外有限会社高木建築事務所であった。その余は認める。

4  請求原因4の事実は明らかに争わない。

5  請求原因5の事実について

(一) 請求原因5の(一)のうち、本件新建物に関する部分は否認する。本件原契約中に、将来床面積約五〇七坪の鉄筋ビルを建てる旨の合意はあったが、その階層数、各階の床面積、間取り、構造(鉄筋コンクリート、鉄骨、鉄骨鉄筋コンクリートのいずれとするか。)などの仕様については合意されていなかったものであるから、建築義務の範囲が特定せず、具体的な債務としては発生していないものである。

(二) 同(二)及び(三)は認める。

(三) 同(四)及び(五)はいずれも否認する。本件原契約に関する契約書中に、原告ら主張のような各条項が存在することはいずれも認めるが、そもそも本件不動産の引渡には不確定な要素が多く、またその責任は前主の古賀が負うということで原告らも了承していたから、同条項の履行期日はいずれも将来変動のあり得る不確定なものであった。

(四) 同(六)及び(七)については、本件原契約に関する契約書中に、原告ら主張のような各条項が存在することはいずれも認めるが、その趣旨及び効力については否認ないし争う。なお、本件原契約は一個の契約であり、本件不動産の取得と本件新建物の取得は一つの過程に過ぎないから、(四)と(五)の双方の約定に基づく損害金請求は二重請求であり許されない。

(五) 同(八)は否認する。本件原契約に一億円の違約金の支払を定めた約定はあるが、これは被告が本件新建物の建築工事に着手後、工事を中途で放棄しているときに、催告の上で解除した場合を予定している。ところが本件で原告らは、何らの催告もしないで、自ら新建物建築の方針を変更して本件土地を他に転売してしまったものであるから、原告らの違約金請求は失当である。

(六) その余の請求原因5の事実は、いずれも認める。

6  請求原因6の事実は認める。

7  請求原因7の事実は否認する。

原告の主張する覚書の約定は、事業用資産の買換えに関する特例の適用を受けることを前提として、その場合についての負担を定めたに過ぎない。

本件の場合は、特例の適用を原告ら自らが放棄したものであるから、特約による債務は発生しないし、原告らの請求は信義則に反し許されない。

8  請求原因8の事実について

(一) 同(一)は知らない。

(二) 同(二)のうち被告が原告らに対し、金一四四万円を支払った点は認め、その余は知らない。

(三) 同(三)は知らない。

9  請求原因9の事実は否認する。

10  請求原因10の事実について

(一) 請求原因10の(一)のうち、七菱が本件不動産について強制競売開始決定を得ていたことは認め、その余は知らない。

(二) 同(二)のうち、山王石油ら三社が、本件旧建物の三階部分を占有していたことは認め、その余は知らない。

(三) 同(三)のうち、東京医進学院が本件旧建物の一部を占有していたことは認め、その余は知らない。

(四) 同(四)のうち、真田が本件旧建物について処分禁止の仮処分命令を得ていたことは認め、その余は知らない。

(五) 同(五)は知らない。

(六) 同(六)は知らない。

11  請求原因11の事実について

(一) 同(一)は認める。

(二) 同(二)は否認する。

(三) 同(三)は争う。

(四) なお、原告らは、昭和五九年七月一七日の本件口頭弁論期日において、解除の意思表示をしたが、原告らはこれに先立ち本件土地を他に転売することにより受領を拒絶しているから、これを回復しない限り解除権は発生しない。

三  抗弁(和解契約)

1  被告は、昭和五六年七月ころ、原告らから支払われた代金の範囲内での制限権利の除去を完了していたが、更に、残りの制限権利の除去のために訴訟手続を採ることを考え、訴外青木一男弁護士(以下「青木弁護士」という。)に相談し、同弁護士を原告らに紹介した。ところが、原告らは、昭和五六年一一月、被告の紹介した青木弁護士ではなく、訴外山岡義明弁護士(以下「山岡弁護士」という。)に制限権利の除去を委任した。そして、山岡弁護士は昭和五七年二月ころ、被告に本件原契約を清算したいと申し出たので、被告はこの申し出を了承し、昭和五七年三月ころ、原告らと被告との間で以下の(一)ないし(三)のとおりの和解契約が成立した。

(一) 被告は、原告らに対し、本件不動産に関し有する権利を現状のまま譲渡し、以後の制限権利の除去は原告らが行なう。

(二) 被告は、本件居住用不動産に関する特別区民税、都税のうち金一四四万円を負担する他、原告らが山岡弁護士に支払うべき弁護士費用相当額を、原告らに対し支払う。

(三) 原告らと被告との間には、前二項を除き、一切の債権債務関係が存在しないことを相互に確認する。

そして、被告は、この契約の履行として、昭和五七年三月八日ころ、被告が本件不動産について有していた抵当権の移転等の登記に必要な書類や本件旧建物の地下室の鍵を原告らに交付した。

2  山岡弁護士は、被告に対し、昭和五八年三月ころ、制限権利の除去が完了したので、弁護士費用相当額を支払ってほしい旨申し出た。そこで、青木弁護士と山岡弁護士とで協議の上、弁護士費用相当額は一五〇〇万円に確定された。そして、昭和五八年八月一一日、山岡弁護士が事前に作成し、既に原告らの押印の終えた和解契約書を被告本店に持参し、その場で、山岡弁護士、青木弁護士及び被告がこれに押印した。

したがって、仮に1の主張が認められないとしても、昭和五八年八月一一日の時点で、原告らと被告との間に和解契約が成立したものというべきである。

3  山岡弁護士と被告とは、右同日、右和解契約書の趣旨を補完するため覚書を作成することを合意した。

この覚書の内容は昭和五八年八月三一日までには確定された。

したがって、仮に右2の主張が認められないとしても、昭和五八年八月三一日までには、原告らと被告との間に和解契約が成立したものということができる。

4  なお、原告らは、訴状で、制限権利の除去は原告らが自ら行い、「それに要した費用については本契約(本件原契約をいう。)の売買代金との清算により決済する旨の合意」がされたことを主張しているが、被告は、これを抗弁事実の自白として援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告らが制限権利の除去として、真田に関する件を山岡弁護士に委任したこと、山岡弁護士が地下室の鍵を受け取ったことは認め、その余は否認する。

原告らは、一度は青木弁護士に真田に関する件を委任したが、被告側の代理人であるため利害が対立するなどの理由から、後に同人を解任し山岡弁護士に委任した。

そして、山岡弁護士は、被告及び青木弁護士に制限権利の除去を強く求めていたが、被告らはこれを実行しなかった。そこで、山岡弁護士は、やむなく、原告らが自ら制限権利を除去することを告げ、これを青木弁護士が了承したので、ここに請求原因9の合意が成立したのであるが、その際、原告らが制限権利の除去に要した費用のうち残代金を超過する部分を請求することは、制限権利の除去が被告の義務である以上当然のことであるため、詳しくは話し合われなかった。

2  抗弁2の事実は、否認する。

昭和五八年三月以降の山岡弁護士と青木弁護士との交渉は、既に成立していた清算合意に基づき、弁護士費用相当額を確定するというものではない。山岡弁護士は、当初、制限権利の除去に要した費用のうち残代金を超過する部分についても請求するつもりであったが、本件土地上にビルを建築するには、被告と争うのは得策ではないと考え、原告らを説得した上、青木弁護士に対し、弁護士費用相当額程度に抑えた金額を請求することを提案し、同弁護士がこれに同意したものである。

山岡弁護士は、同年八月一一日、ほぼ内容の確定した和解契約書二通に、事前に原告ら及び山岡弁護士の押印を済ませた上で、これを被告本店に持参した。その目的は、同契約書に被告及び青木弁護士の押印を受け、契約を成立させることであったが、その場に被告代表者がいなかったので同人の押印ができず、山岡弁護士は、青木弁護士に契約書を二通とも預けてきたのである。

また、右二通の契約書には、昭和五八年八月一一日ではなく、同年一〇月二七日の日付が記入されている。

更に、被告代表者が後に右契約書を検討したところ不満な箇所があったので、当事者双方は、同年八月一一日以降、覚書を作成し、右契約書を修正、補足することにした。

以上の経過から考えて、昭和五八年八月一一日に和解契約が成立したということはできない。

3  抗弁3の事実は、否認する。

昭和五八年八月一二日以降、当事者間で、和解契約書及び右覚書の内容を確定するための交渉が続けられた。そして、同年八月三一日には契約を最終的に成立させるという予定となっていた。ところが、被告は、その前日に、被告に本件東新橋の不動産の売買契約に関して税務調査が入ったことを理由に延期を求め、そのため、この日の契約成立は延期された。

その後、昭和五八年一〇月二七日に当事者双方の本人及び代理人が第一東京弁護士会館に参集し、契約書及び覚書の調印と交換をして、最終的に契約を成立させることが予定された。

ところが、その当日、右関係者が参集した席上で、被告代表者がいきなり税務問題を話題とし、「和解契約よりも税務問題が先だ。」と強い口調で告げたため、原告らが立腹し席を立ち、予定されていた調印と交換の手続は行われなかった。

以上の経過のとおりであるから、原告らと被告との間に和解契約が成立したということはできない。

第三証拠《省略》

理由

第一  請求原因事実について

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3の事実については、契約の目的物、代金額及び買主の点を除いて、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、本件非居住用不動産の売買契約については、昭和五五年一〇月一一日付で二通の契約書(まず甲第四号証、次いで甲第五号証。)が作成されていること、これらの契約書に添付の物件目録には地上建物の表示があり、契約書ではこの建物も目的物に含まれていること、代金額は、甲第四号証では六億円、甲第五号証では六億二〇〇〇万円とされていたこと、買主は、甲第四号証では被告、甲第五号証では訴外有限会社高木建築事務所とされていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、本件非居住用不動産の売買契約の目的物には駐車場設備も含まれていたものであり、代金額及び買主は、後に、六億二〇〇〇万円、訴外有限会社高木建築事務所とそれぞれ変更されたというべきである。

三  請求原因4の事実は、被告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

四  請求原因5の事実について判断する。

1  同(一)のうち、本件不動産の売買と本件旧建物取壊しについての合意の点は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、原告らと被告との間の昭和五五年一〇月二三日付不動産売買契約書には、その第一条に(目的)として、「鉄筋ビル(床面積約五〇七坪)を所有する」ことが目的の一つとされていること、この建物に関する被告の義務として、昭和五六年四月末日までに、基本設計図、仕様書を作成すべき義務(第一二条)、官公庁の許可、近隣住民等の同意その他必要な全ての手続を責任をもって処理し、昭和五六年七月末日までに着工する義務、昭和五七年月末日までの完成、引渡の義務(第一三条)がそれぞれ定められている他、危険負担、保存登記、担保責任、違約金(第一四ないし第一六条、第一八条)についてそれぞれ合意されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、本件新建物の建築義務が具体的義務として未だ発生していないと主張する。

確かに、契約締結時においては、階層数、間取り等の仕様は明確ではなく、それは仕様書等の作成により順次確定していくものではあるが、以上の事実によれば、少なくとも基本設計図、仕様書を作成すべき義務、それに引き続く手続の進行のため必要な措置を採るべき義務は、明らかに具体的義務として成立していると解するのが相当である。

2  同(二)及び(三)は、当事者間に争いがない。

3  同(四)及び(五)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  昭和五五年一〇月二三日付の契約書に、同(六)及び(七)に相当する条項が存在することは、当事者間に争いがない。

5  同(八)について判断する。

前掲甲第九号証(昭和五五年一〇月二三日付契約書)には、「一、被告が本節に定める義務履行を怠った場合には、原告らは、催告の上、本契約中将来の建物についての契約を解除することができる。二、前項の場合被告は一ヶ月以内に本件敷地を原状に復して明渡さなければならず、義務不履行のときには違約金として金一億円支払う。」との条項がある(第一九条)。

この条項には「義務履行を怠った場合」とあるが、被告の責に帰すべき事由による履行不能をこの場合から除外する合理的理由はない上、履行不能の場合には催告をしても意味がないから、原告らはこの条項に基づき、本件原契約中本件新建物に関する部分を解除できると解するのが相当である。

6  その余の請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。

五  請求原因6の事実は、当事者間に争いがない。

六  請求原因7の事実については、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

七  請求原因8の事実について

1  請求原因8の(一)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  同(二)のうち、被告が原告らに金一四四万円を支払った点は当事者間に争いがない。その余の事実は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  同(三)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

八  請求原因10の事実について

1  請求原因10の(一)のうち、七菱が本件不動産について強制競売開始決定を得ていたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、その余の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  同(二)のうち、山王石油ら三社が、本件旧建物の三階部分を占有していたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、その余の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  同(三)のうち、東京医進学院が本件旧建物の一部を占有していたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、その余の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

4  同(四)のうち、真田が本件旧建物について、処分禁止の仮処分命令を得ていたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、その余の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

5  同(五)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

6  同(六)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

九  請求原因11の事実について

1  請求原因11の(一)は、当事者間に争いがない。

2  同(二)は、《証拠省略》によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

第二  そこで、以下、抗弁について判断する。

一  まず、被告は、原告らが抗弁事実を自白していると主張しているので、この点から判断すると、被告が抗弁事実の自白であると主張する訴状の記載は、請求原因9の事実を主張しているものであって、これをもって抗弁事実を自白したものと解することはできない。

二  次に、《証拠省略》を総合すれば、以下の1ないし14の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  訴外青木一男弁護士(以下「青木」という。)は、昭和五六年四月ころ、被告から本件不動産について相談を受けた。その内容は、本件不動産の前主の古賀が制限権利を除去して引渡す約束になっているが、なかなか進まないので、どのような措置を採れば良いだろうかというものであった。これに対し、青木は、権利者との話し合いのきっかけとして、東京医進学院に対しては賃貸借の合意解約に基づく明渡訴訟を提起すること、真田旭に対しては仮処分取消等の裁判手続を採るとともに、抵当権を実行し、これに遅れる権利者に圧力をかけること等の方針を考えた。そして、登記簿上、原告らが所有者であるため(本件不動産については昭和五六年三月二六日に原告らへの所有権移転登記がされていた。)、原告らの名でこれらの手続を採ることが望ましいとの判断から、原告らにも面談し、以上の方針を説明した。しかし、原告らは、青木に必ずしも協力的ではなく、真田が原告となり、古賀の前主らを被告とした本件不動産に関する所有権移転登記抹消登記手続訴訟に対する参加のみを青木に委任した。そこで、青木は、右事件について原告ら及び被告の各代理人として参加した。

2  他方、原告らは、被告による制限権利の除去がなかなか進まないことと、被告と古賀との関係が不透明だとの不満から、昭和五六年九月一七日、独自に、訴外山岡義明弁護士(以下「山岡」という。)に対し本件不動産の件について相談した。山岡は、事情聴取の上、即日、被告あてに、制限権利の除去を求める内容証明郵便を送付し、右履行を催告した。

3  その後、山岡は、原告らとともに被告代表者の満井忠男(以下「被告代表者」という。)に会い、同年一〇月中旬には青木とも会った。そして、青木と山岡は、話し合いの結果、一緒に東京医進学院関係の代理人と面会するなど、当面は協力して制限権利の除去に当たることになった。

その一方で、山岡は自ら、同年一〇月から一二月ころにかけて、訴外古賀隆助、東京医進学院の代表者である訴外古賀邦平、真田及びその代理人らと会い、制限権利者の態度が強硬であることを確認し、青木と協力して制限権利者と交渉するということでは早急な解決は期待できないと考えた。そこで、原告らとその親戚の訴外曽我を交えて協議し、原告らが山岡に委任して独自に制限権利の除去を行うとの結論となった。

4  そして、山岡は、昭和五七年の初めころ、被告及び青木に対し、原告らの方で残った制限権利の除去を進めること、本件新建物の建設等爾後の権利関係は白紙にすること、権利排除に要した費用は被告に請求することを骨子とする提案をした。これに対し、被告代表者は、本件原契約中に本件新建物を建設後被告がこれを原告らから借り受けるとの約定があったため、本件新建物をテナントに転貸して得る利益にこだわり、この提案には難色を示していたが、青木の説得もあって、契約を清算する点は了解するに至った。しかし、青木は、各権利者の持つ制限権利の性質、内容からその要求可能な金額にはおのずと限度があり、それは本件不動産の売買残代金の範囲内で収まるはずだという考えから、原告らが山岡に支払う弁護士費用相当額を被告が負担して清算する案を提示した。

山岡は、当初は、制限権利の除去には、どのくらいの金額を要するかわからない、右残代金を超えることもあると主張していたが、結局昭和五七年二月ころまでには、青木の提案を受け入れることにした。しかし、山岡は、この時点で弁護士費用相当額を具体的な数額として確定するのはあくまで拒み、また、右の交渉結果を正式に書面の形に残すことも拒否した。

5  そして、山岡は昭和五七年二月ころから、七菱を手始めに、請求原因10のとおり制限権利の除去を進めていったが、七菱の件を除いて、被告や青木に対し、除去した結果の報告をしなかった。

他方、被告は、昭和五七年五月ころまでに、占有者の立退後被告が所持していた本件旧建物の地下室の鍵を山岡に引渡すとともに、本件不動産について被告が有していた抵当権等の権利を、山岡の指示で原告らと関係のある訴外成栄商事株式会社に移転し、昭和五七年五月一四日にこれらの権利の移転登記をした。

6  山岡は、昭和五八年三月初め、制限権利の除去がほぼ終了し弁護士費用相当額の具体的数額を確定できるようになったので、青木と連絡を取り、その額を決めるための交渉を開始した。当初山岡は、原告らとの契約による弁護士報酬額である二二〇〇万円を提案したが、被告代表者がこれを高過ぎるとし、どのような処理をしたか、その明細を知りたいと主張した。そのため、山岡は、同年四月一五日付で、報酬契約書と、処理した事件を表にした報告書とを、青木に送付した。これをもとに、減額交渉が持たれ、同年七月中旬ころまでには、被告が負担する弁護士費用相当額は一五〇〇万円にするということで合意をみた。そして、青木がこれを書面にしてほしいと求めたので、山岡は、和解契約の形で条項を案文化し、被告側に送付した。

7  ところが、右契約案の表現に被告から異議が出たため、次に被告社員の菅谷が案文を計三通作成し、その上で、同年八月初めころ、再び山岡が「和解書」と題する書面を作成した(乙第三八号証)。そして、これにより、和解契約の各条項は、ほぼ確定した。その内容は概ね、以下のとおりであった。

(一) 被告は、原告らが本件不動産の所有者であることを確認する。

(二) 本件不動産の売買代金を一四億九四〇〇万円とし、うち金七億二五〇〇万円は支払ずみであることを確認する。

(三) 原告らが、制限権利除去のため権利者に支払った金七億八四〇〇万円について、被告は右支払に同意し、その処理は、うち金七億六九〇〇万円は残代金と対当額で相殺し、残りの金一五〇〇万円は、被告が和解成立と同時に原告らに支払う。

(四) 原告らと被告とは、以上の他本件原契約に基づく権利を相互に放棄する。

(五) 本件原契約締結以前に被告が処理した事実によって第三者との間で紛争が生じた場合には、被告の責任とする。

そして、青木と山岡とは、同年八月九日ころ、八月一一日に和解契約書を取り交すことを合意したが、このころまた被告側から、契約条項の変更の申し入れがあった。その第一は、一五〇〇万円の支払時期について、右(三)項では、一括払となっているのを、同月一七日ないし一八日と同年九月一二日に分割し、七五〇万円ずつ支払うように変更することと、第二は、担保責任として定められた右(五)項で「原契約締結以前に被告が処理した事実」とは何を指すのか不明確であるから件名を列挙するなりして明確にしたいということであった。山岡は、このうち、第一点は、同年八月一八日と九月一二日の分割払ということで了承したが、担保責任の条項の表現は、結局従前のままとして、条項をタイプさせ、これに「契約書」という標題と表紙を付けた書面を二通(乙第二号証及び乙第五〇号証)作成した。

原告らは、従前の経緯から被告に対しては少なからず不満があり、できれば強硬に期限徒過の責任を追及したい気持はあったものの、早期に和解して本件土地を原告らの自由に処分ないし利用するのがより得策であると考え、同年八月一〇日ころ、右二通の書面に異議なく押印した。なお、山岡も、この際、同様に押印を済ませた。

8  そして、山岡は、同月一一日午後三時ころ、被告の本店に赴いた。

ところが、被告代表者が、契約書中、前記担保責任の点の明確化や、前記(三)項には「被告が右支払に同意し」と表現されているところ、被告は「同意」するものではないことを主張し、なお条項の表現に異議を唱えたので、結局、前記二通の契約書には、いずれも被告及び青木の押印はされなかった。しかし、山岡は、被告代表者のいう異議が必ずしも契約の内容に関わるものではなく、原告ら側としては早く被告との関係を解消したいと考えていたため、青木に対し、もうこれ以上契約書を作り直すことはしないで、表現上の疑義は別途弁護士のみの連名による覚書を作成して処理する方法によることを提案し、青木もこれに賛成した。そこで、被告側で、まず覚書の案を作成することになり、山岡は、契約書を二通とも青木に預けて帰った。

9  これを受けて、前記菅谷が同年八月一一日から二〇日過ぎころにかけて、順次計六通の覚書案を起案し、山岡の検討を経た上、山岡が、同月下旬には、「覚書」と題するタイプで打った書面二通を作成し、これにより、同月三〇日までには、覚書の条項も最終的に確定するに至った。

10  そして、その後、既に最初の支払期日とされていた同月一八日は過ぎていたため、山岡と青木は、あらためて、同月三一日午後一時に、第一東京弁護士会館で、契約書二通(乙第二号証及び乙第五〇号証)と右覚書二通の調印を完了し、代金も一五〇〇万円の小切手で全額を払うことで合意した。

11  ところが、同月三〇日に、原告らとの取引に関し被告に税務署の調査が入ったことから、被告代表者は、調査の目的が不明であるなどの理由を付け、突然、第一東京弁護士会館での調印、支払等を、右の調査についての目処が立つまで延期したいと言い出した。

そこで、同年八月三一日午後一時には、青木と被告の社員藤野が山岡と会い、事情を説明して、契約書への調印等の延期を申し出た。山岡は、これに対し、立腹したものの、被告代表者の延期の意思が変わらなかったので、結局その日は、何も行われなかった。

12  その後、税務調査が長引いたので、なかなか調印等の期日が決まらなかったが、この間も、契約書ないし覚書の内容の変更はなかった。そして、結局、一〇月二七日を再期日とする旨合意されたところ、被告代表者が当日立ち会いたいと言い出したので、両当事者立ち会いにより、前の予定と同様の手順で、調印、支払をすることになった。

13  そして、同年一〇月二七日、打ち合わせどおり、第一東京弁護士会館に、原告白河成崇、同秀朗、山岡、被告代表者、青木及び被告の社員が集合したが、冒頭まず被告代表者が、「税務調査について伺いたい。」と切り出し、これに原告白河秀朗が激怒し、そのまま席を立って帰ってしまったことから、遂にこの日も予定された手続は何もされないで終った。そして、被告は昭和五八年一一月一日、清算金として一五〇〇万円を東京法務局に供託し、契約書は、青木が二通とも所持したまま現在に至っている。

14  なお、本件土地については、昭和五八年七月末ころから、転売の噂が流れていたが、原告らは、同年九月一二日、訴外三豊建設株式会社に本件土地を売渡した。

以上のとおりである。

三  《証拠判断省略》

四  そこで、二認定の事実に基づき、和解契約の成否について判断する。

1  和解契約も諾成契約の一つであり、その成立には、両当事者の確定的な意思の合致が必要であり、またこのような意思の合致があれば、契約書の作成等特段の方式を必要としないのが原則である。即ち、両当事者に契約書が作成されるまでは当該契約について法律上の効力を生じさせないという意思がある場合にのみ、契約書が作成されるまでは契約は未成立であると解すべきである。

2  そこで、原告らと被告との間で、和解契約が成立したというに足りる確定的な意思の合致が認められるかどうかについて判断する。

まず、被告が第一次的に和解契約が成立した旨主張する昭和五七年三月時点では、清算の基本的な方針については当事者間で合意が成立していたと解されるが、他方、制限権利の排除がこれから始まるものであったから、弁護士費用相当額はこの時点で具体的に確定しえなかったこと、青木の希望にもかかわらず、書面が作成されなかったこと等からみて、この時点で和解契約の成立を認めることは無理である。

しかしながら、昭和五八年八月一一日までには、二通の契約書がタイプされて原告らの押印がされたのであるから、この段階では、原告らの意思は確定的なものとなったことは明らかである。

他方、被告側は、八月一一日に山岡が被告本店にいる間には右契約書には押印しなかったのではあるが、その際、被告代表者の述べた異議は、契約の本質的内容に関わるものではなかったものと認められるのであるから、この時点では、両当事者の意思は、右契約書のとおりの契約を締結するということで確定していたと解するのが相当である。

3  もっとも、その際、この契約書に付属するものとして、覚書を作成する旨の話し合いがされているから、覚書を作成し、契約書と覚書の双方に調印を完了することをもって、契約成立とするのが当事者の意思であったのではないかという点が問題となり得る。そこで、この点について、更に判断する。

前記二の14の事実によれば、原告らは、昭和五八年八月には本件土地の転売を考え、既に買い手の選定、更には売却条件の検討に入っていたものと推認される。してみると、原告らとしては、早急に被告との和解契約を成立させる必要があり、契約書、覚書双方の調印を重視し、これをもって、初めて契約の成立とする意思であったと解することはできない。

また、被告側としては、被告代表者が和解契約書の表現に異議があったのではあるが、《証拠省略》によれば、同年八月三〇日までには、覚書についても十分な検討を経て、文面が確定されたことが認められるから、被告としてもそれで納得していたことが推認される。してみると、被告にとってみても、その後に引き続く、契約書、覚書の各調印手続は、契約成立のため必要な行為ではなく、いわば、契約書等に調印するという形で既に契約が成立していることを互いに確認する単なる一種の儀式であると解するのが相当である。

同年八月三一日に予定された契約書、覚書の各調印と代金の決済は、被告代表者が突然、税務調査が入ったことに憤慨して、これに応じないこととなるのであるが、そもそも、税務調査が契約の成立に関係するような事項であるとは解し難い上に、証人山岡義明、同青木一男の各証言によれば、被告代表者が税務調査を問題にするに至ったのは覚書確定後であることが認められるから、同日に予定した手続がされなかったことをもって、契約不成立と解することはできない。

4  以上の検討によれば、遅くとも昭和五八年八月三〇日までには、被告主張の内容の和解契約が成立したものと解することができる。

5  《証拠判断省略》

五  よって、被告の抗弁は理由があり、被告は原告らに対し、右和解契約に基づく支払義務を負うだけであって、請求原因12記載の各金員の支払義務はないことになる。

第三  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 氣賀澤耕一 太田晃詳 裁判長裁判官矢崎秀一は差し支えにつき署名捺印できない。裁判官 氣賀澤耕一)

<以下省略>

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